2026年8月19日、全国自治体病院開設者協議会と全国自治体病院協議会は、総務省と厚生労働省に対して「緊急要望書」を提出しました。
背景にあるのは、全国の自治体病院が直面している深刻な経営悪化です。
「病院なのだから、患者さんが来ればある程度安定して経営できるのでは?」医療業界に馴染みがない人ほど、そう感じるかもしれません。
しかし現在、全国の自治体病院では、私たちが普段スーパーやガソリンスタンドで感じている「物価高」が、病院経営を大きく圧迫しています。
https://www.jmha.or.jp/conf/news/info/15222
自治体病院の84%が「経常赤字」
今回の要望で特に注目したい数字があります。全国自治体病院協議会が会員病院を対象に実施した2025年度(令和7年度)の決算状況調査では、実に84%の自治体病院が経常赤字となりました。
病院運営にかかる医業費用は前年度比で3.0%増加。
その内訳を見ると、
・材料費 +5.3%
・人件費 +3.6%
となっています。
病院では注射器やカテーテル、手袋などの医療材料だけでなく、電気、ガス、食材、燃料など大量の物資やエネルギーを使用します。さらに医師、看護師、薬剤師、臨床検査技師、放射線技師など、多くの専門職によって成り立つ「人」の比重が非常に大きな産業です。
つまり、物価上昇と人件費上昇の両方を真正面から受ける業界なのです。
普通の会社のように「値上げ」ができない
ここで病院経営特有の問題があります。一般企業なら原材料費が10%上昇した場合、商品価格を引き上げるという選択肢があります。
しかし病院は簡単にはできません。
医療サービスの価格は、国が定める「診療報酬」によって基本的に決まっているからです。国は2026年度の診療報酬改定で平均+3.09%の引き上げを実施しました。薬価などのマイナス改定を含めても全体では+2.22%となり、病院経営への一定の配慮が行われています。
それでも、材料費や人件費などの上昇に追いついていないというのが病院側の主張です。
さらに人件費についても難しい問題があります。
2026年度の診療報酬では、医療従事者の賃上げに対応する「ベースアップ評価料」として平均1.70%の財源が確保されました。
一方、2026年度の人事院勧告では3.51%という高水準のベースアップが示されています。自治体病院では、確保された財源以上の賃上げ負担が発生する可能性があるわけです。
なぜ「自治体病院」を守る必要があるのか
「赤字なら病院を統合したり、閉鎖したりすればいいのでは?」企業経営だけを考えれば、その考え方もあるでしょう。
しかし自治体病院には、一般企業とは違う役割があります。救急医療、小児・周産期医療、感染症医療、そしてへき地・離島医療など、採算性だけでは維持することが難しい医療を担っています。
患者数が少ない地域だからといって、「採算が取れないので救急医療をやめます」と簡単に判断することはできません。そのため自治体病院は、地域医療における「最後の砦」ともいえる存在なのです。
今回、国に何を求めたのか
今回の緊急要望は大きく2つに分けられます。
一つ目が、物価高騰と医療物資への対応です。医薬品、医療機器、医療材料、燃料などの安定供給と価格安定策を求めるとともに、現在の診療報酬だけでは対応できない場合には「中間年改定」を含めた財政措置を求めています。
また、中東情勢などの影響を念頭に、燃油やナフサなど石油由来製品の安定供給と適正価格の維持も要望しています。
二つ目が、公立病院に対する財政支援の拡充です。
地域医療を維持するための交付金や補助金をさらに充実させ、2027年度の地方財政計画では病院事業への繰出金を増額することや、地方交付税措置を拡充することなどを求めています。
「病院があること」が当たり前ではなくなる?
国もすでに対策を進めています。2025年度補正予算では「医療・介護等支援パッケージ」が実施され、病院に対する賃上げ支援や物価高騰支援なども行われています。
それでも84%が経常赤字という数字は重く受け止める必要があります。
今回の問題は、単なる「病院経営」の話ではありません。
赤字が続けば、病院同士の連携や統合・再編、診療機能の縮小などを検討せざるを得ない地域が出てくる可能性があります。
そうなれば影響を受けるのは、そこで暮らしている私たちです。
「近くに救急病院がある」
「子どもが夜中に体調を崩しても診てもらえる」
「高齢になっても地域で医療を受けられる」
こうした環境は決して無料で維持されているわけではありません。
物価や賃金が上昇するインフレ時代に、国が価格を決める診療報酬制度と、実際の病院運営コストとのギャップをどう埋めるのか。
地域医療という社会インフラを、誰が、どのような仕組みで支えていくのか。
今回の自治体病院による緊急要望は、日本の医療制度がその大きな課題に直面していることを示しているのではないでしょうか。

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